読書8-6『「自分には価値がない」の心理学』Ⅲ

今日も仕事は大変だが、大変だと思うのは勤務時間の間だけだ。それが過ぎれば解放される。仕事のことで、勤務時間以外に悩むことは止めた。

~いじめられて自殺するほどつらいのに、親に訴えない子どもがいる。親に言ったらいじめられている情けない自分の姿が親にあからさまになってしまうからである。~

仕事が大変だとか、苦しいとか思うときもあるが、「死ぬとき」の苦しみと比べれば大したことないと思う。きっと日頃、大変さを味わっているのは、「死ぬとき」をできるだけ難なく迎えられるように、こうつこつ苦しみに慣れさせようとしているのではないかとも思うのだ。日頃の苦しみは、死を迎え入れやすくする練習だと思うようにしている。

そう考えると、自殺してしまうというのは、余程現実が苦しいということだ。死よりも苦しい現実だということだ。それほどの苦しみを自分一人だけで抱え込んで死を遂げる。余程のことなのだ。

彼は、親や家族から愛され、尊重され、受容されて自己価値感を高めてきた。だが、学校などでひどいいじめに遭い、無価値感の極みに突き落とされる。家庭と学校の落差。家族といじめっ子の落差。いじめられていることを告げることは、親や家族を裏切ることにもなると感じるのだろう。

「どうして話してくれなかったのか」「どうして気づけなかったのか」と自問自答して自責の念にかられないように、人間や社会のおそろしさ、冷酷さ、厳しさが実際に存在することにも思いを巡らせておくべきか。(R5.6/8記)