読書『わたしが正義について語るなら』Ⅱ

聞きなれない言葉が出てきた。

~この世界は「虚仮の一念」と言って、そのことばかりやっていれば、なんとかはなるものです。自分に才能がなくても虚仮の一念でやればいつかは花が咲く。~

「虚仮の一念」の後に、「岩をも通す」と続く。自分は「虚仮の一念」なんてないな。才能はもちろんないし、一つに絞って腰を据えて取り組むこともできない。

~何かをやりたいと思ったら、他の教養もつけないとダメ。ひとつだけだとそこから出られません。続けていくためには他のものが必要です。~

こっちの方が共感できる。以前は、自分の時間のほとんどを仕事に費やしていたけど、今や読書や映画に充てている。教師の力量を高めようとは思わない。人間的に成長したい。

~人生の楽しみの中で最大最高のものは、やはり人を喜ばせることでしょう。すべての芸術、すべての文化は人を喜ばせたいということが原点で、喜ばせごっこをしながら原則的には、愛別離苦、さよならだけの寂しげな人生をごまかしながら生きている。~

きっと作者も、人生は基本的に寂しいもの、はかないものだと捉えているはずだ。その中で作者自身が著す作品も「ごっこ」に過ぎないと思っているのだろう。だが、寂しい人生を生き抜くにはごっこが必要なのだ。

自分も、少しでも、一つでも人を喜ばせよう。そして人がしてくれたことに対して、もっと喜ぼう。先日、娘が父の日のプレゼントをくれた。きちんと喜んだだろうか。

~人生なんて夢だけど、夢の中にも夢はある。悪夢よりは楽しい夢がいい。すべての人に優しくして、最後は焼き場の薄けむり。誰でもみんな同じだから焦ってみても仕方がない。~

これまた絶望的だ。だが、人に優しく、そして人を喜ばせること。それが楽しみとなるように。

 

読書『わたしが正義について語るなら』(やなせたかし)

わたしが正義について語るなら (ポプラ新書)  – 2013/11/5 やなせたかし (著)

ご存知、正義の味方『アンパンマン』の作者である。正義について語る資格じゅうぶんである。

~ほんとうの正義というものはけっしてかっこうのいいものではないし、そしてそのために必ず自分も深く傷つくものです。そしてそういう捨て身、献身の心無くしては正義は行えません。~

~正義というのはあやふやなものだということ。正義のための戦いなんてどこにもないのです。正義はある日突然逆転する。逆転しない正義は献身と愛です。~

「正義はある日突然、逆転する」というのは、太平洋戦争を経験した人ならではの考えだろう。日本は「鬼畜米英」と敵国を憎み、正義のために戦った。敗戦で手のひらを返したように世の中が変わる。正義というものは、まったく主観的なものなのだ。

アンパンマンは自分の顔を子どもに食べさせるのだから、ある面自己犠牲です。正義を行う場合には本人も傷つくということをある程度覚悟しないとできません。~

自分の体の一部分を与えて、助けてやるのだ。ある意味、究極的な自己犠牲なのだ。そのうちアンパンマンは新しい顔に取り換えてもらえる。だからこそ彼は、惜しげもなく顔を分け与えることができる。

自分がそんな自己犠牲ができないのは、犠牲の回復が永遠にないのではないかという不安があるからではないか。作者は、「そんなことはない、すぐに回復できるから、どんどん自己犠牲しなさいよ」と言いたいのかもしれない。

~みんな傷つきたくないから正義なんてやらない。でもそれではいけない。傷ついてもやらなくちゃいけない。そうしないと世の中はどんどん悪くなってしまう。敢然として自分が傷つくことを怖れずにやらなくちゃいけない。~

「世の中が悪い」「時代が悪い」とつい、口にしてしまう。自分は傷つかず、自分の地位を確保した上で。世の中がどうなろうと、自分が傷つかなければいい。自分はそういう姿勢なのだろうかと思った。

読書『不幸な国の幸福論』Ⅻ

幸せへのヒント、それは自然に対する畏敬の念。

~自然の中に身を置いたとき、あるいはまた生命の神秘に触れたとき、人間を超えた大いなる力のようなものを感じる人は多いでしょう。人間には決して作ることのできない美を生み出した何ものかを前に誰しも謙虚な気持ちになるはずです。~

壮大な自然を前にすると、自分の置かれた境遇などちっぽけなものに映るのだろう。

強制収容所という極限状況の中ですら、自然が見せてくれる美には心を慰め、励ます力がある。自然に親しみ、その力を生きる糧にすることで、人間は希望を持ち続けることができるのだ。~

先週の日曜日、登山靴とカッパを買った。この夏、山に挑むために。自分としては新しい趣味、新たなチャンレンジだ。

もう一つのヒントは、人間という存在に立ち返るということ。

~人間として生まれてきたということは、それぞれの人が38億年間、一度も負けていないことなんです。勝ちっぱなしということです。~

自分とか、個人とかという枠ではない。自分は人間という種類。人間としては絶滅していないということだろう。

~今ここに生きているということだけで人間一人ひとりが勝ち組なのだ。わずか24時間しか寿命のない卵子を目指して数億個の精子が泳いでいき、基本的に一個だけが受精できる、誰もがシビアな競争を経て生まれてきたのだから。~

生きているということだけで、すでに勝っている。だからもう十分だ。負けてやろう。譲ってやろう。怒られてやろう。競ったり、抜きん出ようとしたりすることも止めよう。もっと、今の、ニュートラルな「幸せ」に浸ろう。

映画『BLUE/ブルー (2020)』

BLUE/ブルー (2020) 監督 吉田恵輔

子どもの前でなければ教師ではない。そんな持論はいいとして、1時間の年次休暇を取り帰宅。ジョギングをした後、隣市のミニシアターに向かう。この劇場で観るのは2日連続となった。

本作は超過激な『ヒメアノール』の監督だ。だが、この作品はとても印象的で、考えさせられる部分もある良作である。

主人公(松山)はよく「基本」を口にする。しかし、彼自身はまったく試合に勝てない。いうまでもなく基本は大切だ。だが試合に勝つには基本だけではダメで、そこからの工夫や独自性のようなものが必要なのだろう。

主人公と対比されているのがチャンピオン(東出)だ。だが、彼も、主人公を一目置いている。「なんて強いんだ」というシーンだ。勝負に勝つのと、強さとは違う。ボクサーとして強いのではなく、人間として強いかどうか、なのだ。

物語の後半、新人(柄本)とチャンピオンが試合に向かっていくところから、闘いに相応しいBGMが流れた。ということは、主人公の試合は、闘いではなかったということか。新人の試合で、私は泣きそうになった。新人と一緒に主人公も闘っていたのだ。前日の退屈な分を取り戻させてくれた、いい映画です。

映画『ブックセラーズ (2019)』

ブックセラーズ (2019) THE BOOKSELLERS 監督 D・W・ヤング

『ビーチバム』の観賞後、菓子パン2つ食べて、本作観賞。これも消去法で選ぶ。古書店、希少本売買のドキュメンタリーである。私も古書店をよく利用するのだが、それも大手チェーン店、しかも一冊100円なので、全くかかわりない。読書は日常的にするが、コレクターには興味がない。この映画は、ああ、こんな世界があるのか、と知識、見識を広めるものなのだ。

この映画もやはりウトウト、寝落ちしてしまった。気持ちよく眠ってしまったが、いびきや歯ぎしりで周囲の客にいやな思いをさせなかっただろうか。眠い時は、飴をなめたり、飲み物のんだりして耐えるけど、寝てしまうのもいいものだ。それも含めて、映画っていいものだ。

映画『ビーチ・バム まじめに不真面目 (2019)』

ビーチ・バム まじめに不真面目 (2019)  THE BEACH BUM  監督 ハーモニー・コリン

隣市のミニシアターで観賞。今日は13日。3が付くのでサービスデーである。本作は、高評価というわけではないのだが、他に観るものもないので、消去法で選択した。

実際にこのような人物がいて、それを脚色したストーリーなのかな、と思った。映画全編で、出てくる人々皆が、仕事もせずに、楽しく遊んで暮らしているような感じ。

主人公が「ローな生活をしないと気分がハイにならない」のようなことを言っていた。彼のハチャメチャ乱痴気ぶりは度を超えている。が、常にタイプライターを携えており、おそらく詩の創作なのだろうな。仕事への意欲は欠かしていないところは流石だ。

私もウトウトしながら、マシューマコノヒーの振り切った演技を眺めていた。期待しないで観れば楽しい映画でしょう。

読書『不幸な国の幸福論』Ⅺ

命には限りがあることを知ることも幸福のヒントなのだ。

~人は誰もが本質的には死刑囚であり、この瞬間も死に近づいているのだということを、忘れっぽい頭に思い出させてやってください。そうすれば、限りある時間を、家族や友人を、そして自分自身を、今よりもっと大切にできるようになる。~

私が最近、心を向けていることがある。寝る前に、もうこれで自分も終わりかなと。そして朝目覚めたら、一日もうけたな、と思うようにしている。もうけものの一日だから、周囲に役に立つ一日にしようと思うのだ。悔いのない、有意義な一日にしようと思うのだ。Xデーはいつ来るか分からない。だから、もう来たものと思えばいい。

~人間の一生は一瞬に過ぎない。しかし限られた時間しか生きられないからこそ、生きていくことの有難さが分かる。目的に向かって努力をし、希望というものを抱くことができる。短い命の人間同士が出会い、つながり合えたことの奇跡を喜べる。死によって命を限られている事もまた、人間に与えられた恵みなのだ。~

生きていること、命を与えられたことに感謝すること。これも知足という考え方だろう。

~より多くの、よりよきものを残して、この世を去りたい。そう願って、自分なりに良く生きようとすることが今この時の幸せにもつながっていく。近い未来に死が確実に待っているのが分かっていてさえ、その時々の自分に合った目標を持つことにより、人は希望を携えて生きることができる。人生を充実させることができる。~

幸せになりたいとか、幸せを追い求めることではない。よりよく生きようとすることが、結果として、幸せであるということだ。自分は、今、どれだけよりよきものを残せただろうか。そう考えるとつらくなるが、とりあえず、今日という日をみんなの役に立つ、それでもって自分にも有意義な一日にしよう。