読書6-14『折れそうな心の鍛え方 』Ⅳ

あらためて読んでみると、ああなるほどなあと思うなあ。

~「みんなができていること=普通のこと」であれば、自分もできなくてはいけない。こんな決めつけはそろそろやめにしましょう。やろうと思えばやれるようなことだからといって、無理をしてやらなくてもいいのです。それなら好きで楽しいこと、自分だけにできることにフォーカスした方がよほど人生は楽しくなります。~

無理をしてやらなくてもいい。無理をしてはいけない。私の「無理かどうか」の基準は「勤務時間」である。勤務時間を越えたら、好きで楽しいことや自分にできることをやるようにしている。

~もしあなたが今、喪失感や落ち込みの真っただ中にいたら、それは「最悪」を経験するという貴重な時であり、人生の中でまとめて与えられた「考えるための時間」かもしれません。そこから何を生み出すか生み出さないかは「最悪の時期」の過ごし方で決まるような気がします。~

自分も追い求めていたものが手に入らないと分かったときが最悪だったのだな。私は休んで、どう過ごしたか。本をたくさん読んだ。心に刺さった部分を視写した。ジョギングした。座禅をした。映画を観た。正直、あまり考えなかった。だが、それまで大切にしていたものよりも、大切なことを見つけたと思う。

~失敗してしまった時のベストは、言い訳でも謝罪でもなく、「どうしたらいいですか」と素早く尋ねることです。~

そうだよね。ともすれば意地になって失敗を取り返そうとしてしまう。そうではなく、なすがままでいいのだ。

~落ち込んだら落ち込みの出口を意識することが回復への道であり、ウツを悪化させないように心を鍛える方法でもあります。~

~自分の悩みを笑い飛ばせるようになれたら、あるいは「自分に課せられた人生の宿題だった」と思えるようになれたら、まさにそこが困難を抜け出す着地点なのです。~

悩み苦しんでいた前の自分を笑い飛ばす気にはなれない。まあ、そんな頃もあったな、という感じだ。現在は困難を感じていない。今は今で、自分の決めた最善な道を生きている。(R4.7/2記)