読書『不幸な国の幸福論』Ⅲ

わが国では自殺者が年間3万人になるという。自殺者が多いというのも、不幸な国である。

~日本の自殺率が高いのは、恥の文化が浸透し、貧窮を恥と考える、社会全体も失敗に対して不寛容、仏教や神道は自殺を罪悪として禁じていない。武士道は生き恥をさらすより自殺が崇高なものとされてきた。セーフティネットの貧困さ、また国民から安心や希望、人と人とのあたたかなつながりを奪う社会構造。~

ここに挙げられていないが、太平洋戦争での特攻なども自殺である。敵へダメージを与えるために自分から死ぬことが名誉とされるのだ。命を大切に思わない国民性なのだろうか。

ちなみに、「自殺者の多い国」を調べてみた。1位からグリーンランドリトアニア、韓国と続く。わが国は13位だった。私は日本がぶっちぎりの1位だと思ったがそうではなかった。ともあれ、セーフティネットの充実、人と人とのつながりを構築していくことが不可欠だ。でもこのコロナ禍の中で、なかなか難しい問題だ。

日本人の国民性が不幸にさせている、もう一つの主張。

~当時多くの人が時代の空気に流されていったように、敗戦から60年目の郵政選挙でも同様のことが起きた。かつても今も日本人の本質は変わっていない。その気になればさまざまな情報を自由に入手し多角的に検討できる時代なのに、時の権力がメディアを利用して垂れ流す単純明快なスローガンやテレビ的対立構造に飛びついてしまったのだから。~

時代の空気に流されるという国民性だ。次はその要因についてふれたい。