読書『「助けて」と言える国へ』Ⅳ

 

「生かされている」と考えると、「使命」という言葉にすんなりつながように思える。

~「使命という風が吹いたときに、それに身をゆだねることができる人」「そのときに自分の思いとか考えとか、都合とか好き嫌いというものをやっぱり一部断念することができる人」がプロである。~
~私は本業というよりも“使命”という考え方をしています。~

プロ、本業…よくわからない。自分の使命って何だろうな。

もう大それたことは考えない。よくばってはいけない。自分に与えられた時間の中で、自分に与えられた役割をできるだけ果たせればいいな。それで、みなさんが少しでも楽になればいいな。

~人間は最後の被造物である。先のものが揃っていて何とか生きている。「生かされて生きる」とはこのことである。最後にやってきた新参者が末席を汚しているぐらいの謙虚さと、神の創造された調和ある世界を保全する役割を与えられたという気概が、人には必要なのだ。~

確かにその通り。人間はこの地球上で最後に登場した生き物。前からいた生き物を食料にして繁栄している。いつの間にか驕り高ぶってしまった。そうして何でも思い通りになるという勘違いをしてしまっている。だが、そうではない。我々は生かされているのだ。そう思っていこう。