読書9-7『反省させると犯罪者になります』Ⅱ

問題行動を反省させるのではなくケアする視点が必要

仕事を終えて大急ぎで家に帰り、用事を済ませて、組合の会合を前に、家人と約束したカフェに行く。初めて訪れるのだ。音量が大きすぎるBGM、ややこしい注文にいらいらするのだが、運ばれてきたケーキはとてもおいしかった。やはり慣れが大事なのだ。

~私たちは子どもの問題行動を歓迎しています。なぜなら問題行動とは「自己表現」の一つだからです。「しんどさ」が表面化したと捉えることができるのです。~

子どもの問題行動に、どうしても腹を立ててしまう。「自己表現の一つ」などとはどうしても思えなくて、「他者への迷惑行為」と認識してしまう。そしてそれを排除しようという気持ちが働いてしまう。

~子どもの問題行動はチャンスなのです。親はなぜ子どもが問題行動を起こしたのかを考える機会を与えられたと考えるべきです。~

子どもが問題行動を起こすと、その責任者としての質が問われているような気分になってしまうのだ。教師としてのプライドが傷つけられるように感じてしまうのだ。すぐにでもその問題行動を封じ込めようとしてしまうのだ。

~人は自分がされたことを人にして返すものです。優しくされれば人にやさしくすることができます。冷たくされると人に冷たくします。そう考えると人を傷つける人は自分自身が傷ついていると理解できます。自分自身が傷ついているから自分自身を大切にできないのです。自分自身を大切にできないと他者も大切にできません。~

もう定年にもなろうとしているのに、全く成長がないなと思う。情けないと思うが、気づいたところから努力せねばなるまい。

~問題行動はヘルプの信号です。「しんどさ」をキャッチして、反省させるのではなく、ケアする視点が必要です。~

「ケアする視点」これを心がけるだけでも、もう少しマシな教師になれる気がする。(R6.2/16記)