読書9-2『新しい幸福論』Ⅱ

家族の衰退が貧困率を高めているのかもしれない

アンクルウェイト装着の通勤で疲れているのか、珍しく今朝は寝過ごしてしまった。

~日本はアメリカほどではないが、ヨーロッパよりは大きい格差の拡大を1970、80年代以降に経験したのである。~

~日本国民のほぼ16%が貧困に苦しんでいることが分かる。「貧困大国」日本なのである。~

格差が大きい、貧困に苦しんでいると言っても、今一つピンと来ないのが正直なところだ。私が子どもの頃は「こじき」「ルンペン」という言葉もあり、貧乏がもっと身近に、表面的であったような気がする。

~単身者の貧困率の高いことが目に付く。母子世帯で60%に近い非常に高い貧困率であり、子どもを抱えて働く母親の生活は苦しい。~

以下はかつての日本社会である。

~企業・学校という組織が一つの目標を求めてしっかり機能していた。家族はお互いに看護、介護、そして老いた親の経済支援を行い、企業は企業福祉の提供や雇用を保持するという日本的福祉の担当者としてうまく機能していたので、政府は国民への福祉のことで悩むよりも経済成長をどうするか、ということだけに専念していればよかった。~

「家族はお互いに~」という言葉が引っかかる。昔と比べて家族の割合が減少し、単身者が増えてしまったこと、もっと言えば家族というつながりが崩壊してしまったことが貧困を作り出しているのではないか。そういえば小学生の頃、「結婚できなかったら死ぬ」というような会話をしていた。炊事洗濯をする相手がいなければ野垂れ死ぬというわけだ。「相手がどうあれ、ずっと独りは困るだろうなあ」と漠然と考えていた。単身で生活するより、共同で生活した方が何かと効率的で節約もできる。貧困を乗り越えるために結婚や同棲を選択する、というのもありではなかろうか。(R5.12/13記)