読書8-15『「家事のしすぎ」が日本を滅ぼす』Ⅴ

アリソンというアメリカ人女性が日本で暮らした感想を取り上げている。

~「日本の学校というのは、子どもたちの日常生活に深く入り込み、日々の生活を形作る役割をしている。母親は、学校での習慣を家庭に持ち込み、日々実践することを期待されている」~

他国の様子は分からないが、学校が日常生活に入り込むというのは思い当たるところが多々ある。例えば家庭科という教科がある。子どもの家庭生活を向上させるための教科だ。料理や裁縫などの家事が上手にできるように、実技を教えるのだ。これなど最たるものだろう。

また、宿題という制度もある。私は宿題など基本的に必要ないと思うのだが、親から要求されるので仕方なく子どもに課している。学校の外で子どもに勉強させようとするのは、教師の指導力がないと認めているのと同じである。関連して、中学校など定期テスト、それに向けた「テスト週間」の設定。私の中学時代は、家庭での学習計画表を提出させられた。家庭でのテスト勉強まで介入しているのだ。

~教育が日常生活の隅々まで入り込むことで母親は自らが国が求める政治的な秩序の維持を担う性的役割にあるのだという考え方を刷り込まれていく。~

そういった学校からの依頼に協力してもらうために、個別懇談会などを設定する。そして「子どもは人質」という意識もあり、親は協力せざるを得ない。そうして母親は、家事に加え「学校への献身的な協力」という重荷も背負わされるのだろう。が、残念なことに、それでも近年の子どもの学力は向上せず、成果は上がっていないのだ。(R5.10/17記)