読書10-7『社会人の生き方』Ⅶ

労働の意味は金儲けに限らない教えてもらわず自分で探せ

関係する団体から依頼があり、組合活動をすることになった。降って湧いた案件、だがフットワークの軽さがわが組合の売りである。次の日には、労働相談。迅速に、真摯に、対応したつもりである。組合活動に消極的ではないが、読書、視写、ブログというルーティンが滞ってしまうのは残念に思う。

~人間にとっての労働とは、賃金を得て生活するという意味を持つだけではない。ある目的を果たす合目的的な活動を通して自分の能力を発達させ、社会に役立ち、仲間と出会い、協力し合うという社会人としての生き方そのものだったのである。~

表題とも重なることから筆者の主張の核心部分なのかもしれない。昨日、労働相談を行った。若い相談者の困りごとを聞き、組合が管理職に働きかけることができるので、加入を勧めたのだが、相談者は管理職との関係が悪化するのをひどく怖れていた。これぞ世代間格差なのだろうか。今の若者は、空気を読み、自分を犠牲にしてまでも組織に尽くす。ひところブラック企業が席巻したが、若者の労働力を酷使する非道な使用者だけが悪いのではないのかもしれない。

労働とは賃金を得るためだけのものではない。それは否定しない。だが、それだけでも構わないし、それだけでも充分である。労働者自身が自主的に意味を見つけるのならいいが、外野から、「目的を果たせ」「自分の能力を発達させろ」「社会に役立て」「仲間と協力しろ」と求められることなのだろうか。そういった雰囲気が、過重労働を助長させてはいないだろうか。(R6.9/27記)