読書6-18『社会力を育てる』Ⅱ

社会力を育てねばならない背景に「非社会化」がありそうだ。

~非社会化が進む主たる原因が何かといえば、人と人との直接的な交わりが極度に少なくなっていることである。人間関係が希薄になっていることである。~

核家族化が進み、少子化が進み、オートメーション化、機械化が進み、人と人とのつながりは著しく希薄になっているのだろう。それでもってコロナ禍である。関係どころか互いの顔までマスクで隠して、表情も表さなくなった。社会どころではない。人がいなくなってしまったようだ。このマスク社会の在り方を危惧する人はいないのかな。

教育について書かれている。

~いじめによる自殺などが次々に起こり世を震撼とさせるに及び、ようやく、受験準備優先の学校教育の在り方や、偏差値による選別の強化そのものが教育病理とみなされるようになった。~

いじめや自殺などで世を震撼とさせる、というのはもう一昔前のことになってしまった。この間、愛知県のある中学で殺人事件があった。かなりのインパクトであるが、大きく報道されることもなく、学校教育の問題と学校教育上がるわけでもなかった。

~こうした事件の底流をなしているのが受験本位の学力偏重教育であり、テストの点数や偏差値で児童生徒を評価し、選別する学校の在り方であるのは誰の目にも明らかなことであった。~

受験競争、偏差値教育などは明らかな問題である。しかし、それを取り上げようとしない。政治にしても、マスコミにしても、なんとなく「消化してしまった」感が否めないのだ。(R4.8/2記)