読書『人生を面白くする 本物の教養』Ⅶ

私も教育に携わっている。ていうか教員。

~教育とは、本来、人間が社会で生きていくために必要な武器を与えるものです。少なくとも2つのことが教えられるべき。一つは、考える力。自分の頭で考え、自分の言葉で、自分の意見を言える人間に育て上げること。それが教育の最大の目的です。もう一つは、現代の社会生活を送るうえで必要な「生きた実践的な知識」を教えること。~

筆者の主張と、現在の学校教育の有様を較べてみると、大きく乖離していると感じる。それは相変わらず知識偏重だということだ。それは各教科の既得権益が頑なに守られているからではないだろうか。現在、毎週28校時の時間割には国、社、数、理、音、図、体、家、学、道、総、英の12種類の教科等が詰め込まれている。

各教科を学べば、どうしても知識は必要とされる。教科が多ければ自ずと偏重になる。今まで、これらの教科が必要だったかもしれない。しかし、今後どうしても必要なのか。例えば技能教科は選択制にしたらどうか。総はやめてもいい。「考えて討論する」という教科を設けてみてはどうだろうか。しかし各教科の既得権益の確保が障害になっている。

~「政治家や民主主義に過度の期待を抱いてはいけない。選挙はろくでもない人のなかから『よりまし』な人間を選ぶ『忍耐そのもの』にほかならないのだ」(チャーチル)~

~私たちはついつい民主主義を歴史上理想の政体、ベストの政体であると思ってはいないでしょうか。しかし民主主義は決してベストではなく、ベターがせいぜいだということを認識しておく必要がある。~

我が国も幾多の困難を乗り越えて民主主義となったが、決して現在は理想の姿とは言えない。政治も多少ましなろくでもない人がやっている。過度の期待はしてはいけない。

(R3.12/25)